知らないと恐い本当の歯科治療 3
歯を削ることが将来もたらす不利益を考えれば、あまり容易に歯を削りたくないのですが、どうしても歯を削られる機会多くなります。
治療において歯は必要があって削るのですが。
切削器機の発達もあり、ときに削りすぎ、あるいは削ることに抵抗を無なくなっている傾向があることも否定できません。
シエフントで済むような小さいむし歯を削ってしまう、あるいはむ歯の活動性の高くない子供の小さいむし歯を無神経に削ってしまうなど歯を削り過ぎる傾向があります。
歯を削ることが将来もたらす不利益を考えれば、あまり容易に歯を削りたくないのですが、どうしても歯を削られる機会多くなります。
治療において歯は必要があって削るのですが。
切削器機の発達もあり、ときに削りすぎ、あるいは削ることに抵抗を無なくなっている傾向があることも否定できません。
シエフントで済むような小さいむし歯を削ってしまう、あるいはむ歯の活動性の高くない子供の小さいむし歯を無神経に削ってしまうなど歯を削り過ぎる傾向があります。
大きなむし歯は、たくさん削って詰めたりかぶせたりする方法しかありませんが、
ごく小さなむし歯は削らずに、むし歯になりやすい歯の表面の溝に予防的にプラスチックを流し込む方法(フィッシャーシーラント)で済ますことが多く行なわれるようになっています。
また、上手に歯磨きをしたり、フッ素洗口(うがい)をしていれば、むし歯の進行が遅くなることも知られています。
概して、大人の場合はたくさん削らなくてはならない場合も多いようです。
これは大入はかなり重症になって、痛くなってから治療に行く人が多いためかも知れません。
子供たちは学校からの指示で、あるいは親に叱られて早めに治療に行くことが多いようです。
日本と違い子供の歯科診療は発展途上国ではまだまだ未発達な分野です。
日本の子供の歯科診療について書いていきます。
子供のむし歯は、やたらに治療しない方がいい。
歯科医さんの立場からすると、本当は、子供の歯はあまり治療したくないらしいです。
それは子供の治療は大変だし、お金にならないからというのではありません。
大人に比べ、子供の歯はむし歯になりやすい形状をしている上に、子供の生活環境は大人よりもずっとむし歯を発生させやすい状況にあり、さらに、一度、削った歯はそうではない歯に比べてむし歯になる危険性が増すからです。
そこで、近年の傾向として、子供の「小さいむし歯」は出来るだけ歯を削らずに済ますようになってきました。
フィリピンはスペインの統治下で、メキシコやペルー、ボリビアから輸入した銀や、東南アジア各地や中国(清)の産物をラテンアメリカに運ぶ拠点としてガレオン貿易が盛んに行われていました。

スペインのガレオン船 『デューラー』
フィリピンでは『マニラ・ガレオン』と呼ばれるフィリピン製の大型帆船がたくさん建造され、メキシコのアカプルコとアジアを結んでいました。
ヌエバ・エスパーニャ副王領の一部となった植民地時代に、布教を目的の一つとしていたスペイン人はローマ・カトリックの布教を進めます。
スペイン人は支配下のラテンアメリカと同様に、フィリピンでも輸出農産物を生産するプランテーションの開発により領民を労役に使う大地主たちが地位を確立・・。
民衆のほとんどはその労働者となりました。
支配者であるスペインに対する反抗は何度も繰り返されたそうですが、いずれも規模の小さな局地的なもので、簡単に鎮圧されてしまったそうです。
今回はスペイン植民地時代のフィリピンについて。
1521年、セブ島にポルトガル人の航海者、マガリャンイス(マゼラン)がヨーロッパ人として初めてフィリピンに到達します。

マゼランはこのとき、マクタン島の首長ラプ・ラプに攻撃され戦死しました。
やがてスペインなどの航海者が来航するようになっていきます。
1565年にはスペイン領ヌエバ・エスパーニャ副王領(メキシコ)を出航した征服者ミゲル・ロペス・デ・レガスピがセブ島を領有したのを皮切りに、徐々に植民地の範囲を広げていきます。
そして1571年にはマニラ市を含む諸島の大部分が征服され、スペインの領土となりました。
しかし南部への侵攻は18世紀と遅く、西南ミンダナオ島、スールー諸島、南パラワン島では、イスラム勢力の抵抗に遭い、最後まで征服できなかったそうです。
今回からフィリピンの歴史についてです。
その歴史は、多種多様な民族とカトリシズムによって織りなされてきました。
フィリピン諸島で最も古い民族は25,000~30,000年前に移住してきたネグリト族です。次に新石器文化を持った原始マレー。この後が、棚田水田農耕を持った古マレー。そして紀元前500年~紀元13世紀の間に移住してきた、マレー系民族です。
スペイン人来航直前の頃は、中国や東南アジアとの交易で栄えてイスラム教が広まりました。
ですがその当時、7,000を超える諸島である現在のフィリピンに相当する地域では、統一した国家は形成されていなかったんです。
まだバラバラだったんですね。
そして、次々にやってくるヨーロッパの列強国に、東南アジアは続々と植民地化されていきます。
そんな中、スペイン艦隊が太平洋を横断し、メキシコから到来してきました。
続く
もうすぐクリスマスですね。
フィリピンではクリスマス・イヴの12月24日には、パンパンガ地方のサン・フェルナンドでランタンフェスティバルが行われています。

主な催しは巨大なランタン(灯篭)パレードと様々なコンテストなど・・・
「パロル」と呼ばれる色鮮やかで巨大な紙製ランタンを、トラックやトラクターに乗せてパレードする12月のお祭りです。
クリスマス期間中は、こういったランタンがフィリピンのいたる所で販売され、その美しい明かりが名物となってたくさんの人が集まるようです。
きれいですね!こんなクリスマスも楽しそうです。
フィリピンメガネザルの「ターシャ」です。
ターシャはフィリピン中部にあるボホール島に生息しています。

世界中でこの一帯にしか生息していないんです。
体重はわずか100グラム。
お菓子みたいな重さですね。
手のひらに乗るくらい小さいそうですが、そのジャンプ力はものすごく、
木から木へ3メートルも飛ぶが出来るそうです。
この島の住民たちはターシャを「神の使い」として、昔から大切に守ってきたそうです。
日本で言う白蛇のようなかんじでしょうか。

フィリピンの国章は、1946年の独立時に決定しました!おめでとう!
盾の真ん中にフィリピンの国旗同様、フィリピンのシンボルである「八つの光線を放つ黄色い太陽」が描かれています。
八つの光線は、フィリピン独立革命時に最初に植民地支配に対し立ちあがり、植民地総督による戒厳令を出された八つの州を象徴しています。
三つの五芒星は、フィリピンの三大地方であるルソン島、ヴィサヤ諸島、ミンダナオ島を表現。
盾の左下の青い部分にはアメリカ合衆国の鷲が、右下の赤い部分にはスペインの立ち上がる獅子が描かれていて、それぞれフィリピンの植民地の歴史を象徴しているそうです。
歴史がどうだったのかが、暗号みたいな感じに分かり面白いですね。
これらのデザインは、アメリカ統治下のフィリピン・コモンウェルス政府(独立準備政府)により1940年に決定した短い間使われた国章に似ているそうです。

フィリピンの国旗は4つの色からなる国旗です。
青は理想、赤は勇気、白は平和・平等を象徴し、黄色い太陽は自由の意味合いを持っています。
3つの星は主要な島であるルソン島・ミンダナオ島・ビサヤ島を象徴しています。
太陽から生じる8つの光は、スペインとの戦争時に初めに武器をとった8州を表現している。
戦争の時には天地を逆にし、国民の勇気の象徴を強くかざすという他の国旗にはなかなか見られない特徴を持っています。国民の勇気が凄そうですね!
この国旗はしばらくの間、アメリカ合衆国占領時の11年間、1919年10月30日まで揚げるのが禁止されたいたそう。そうだったんですね・・・11年間もよく頑張ったんですね(><)
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